いろいろなことが起きているが、日本が民主主義国家になれるかどうか?は、不正選挙訴訟にかかっていると思います。
で
東京創価高裁不正裁判96号判決の「音声」が海外サイトに上がった模様です。
不正選挙裁判96号判決
[URL]
酷いね、こりゃ。
反民主主義国家ジャパン
さて、小野寺さんのところに、またまた重要な記事が出てましたので、メモ
以下小野寺さんのところから引用
政府が一番隠したい特定秘密とは何か?
選挙メーカーM社とFソフト。Fソフトの特別顧問が谷内氏。NSC長官に指名
選挙メーカーMの選挙ソフトの外注先はFソフト。
華麗な人脈。
そこの特別顧問の谷内氏がNSCのトップに指名されている。
最近気づいたが
結局、選挙メーカーM社の
バーコード選挙ソフトの外注先は
Fソフトらしい。
そしてFソフトは
小沢検察審査員選定ソフトを納入していたところである。
[URL]
中略
実は
Fソフトの
特別顧問の地位にある谷内正太郎
が今回のNSCのトップになぜか指名されているのである。
富士ソフトの華麗な人脈
[URL]
以下略
全文は
[URL]
とりあえず、谷内 正太郎
wikiっときますね。
谷内 正太郎(やち しょうたろう、1944年(昭和19年)1月6日 - )は、日本の外交官。外務事務次官を最後に退官後、政府代表や内閣官房参与を務める。
人物
石川県生まれ、富山県育ち。貧しい環境で苦労して育つ[1]。大学時代は若泉敬主宰の研究会に参加し、研鑽を積む。学者を目指して大学院に進学するものの、指導教官の急死などで断念し、外交官となる[2]。
外務事務次官としては異例の3年(在任 2005年(平成17年)1月4日 - 2008年(平成20年)1月17日)を務め[3]、安倍内閣・麻生太郎外相(当時)の提唱した外交方針(価値観外交)の策定・実行に中心的役割を果たした。退官後は早稲田大学、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス等で教鞭を執り、前記大学合同の授業は谷内塾と呼ばれた。なお、東大(駒場)からは専任講師をオファーされたが教授職を希望して断った。2012年に発足した第2次安倍内閣では内閣官房参与に就任した。
外務省における田中眞紀子と鈴木宗男の争いにおいては、田中眞紀子に忠実に仕えた。鈴木宗男に対しては「私は鈴木さんには詫びない。鈴木さんの考え方は、外交論として筋の通ったものだ。それを踏まえたうえで、外務省の方針を決める。それで鈴木さんとぶつかるなら、残念だけれども仕方が無い」という態度をとり、後日の鈴木宗男バッシングにも加わらなかった。これを鈴木に伝えた外務省の情報官・佐藤優によれば、それを聞いた鈴木は「谷内はしっかり者だ」と言ったという。佐藤も、谷内を「官僚道をわきまえた人物」と評価している[4]。
2009年(平成21年)4月17日付毎日新聞朝刊に掲載された北方領土に関するインタビューで、「個人的には3.5島返還でもいいのではないかと考えている。北方四島を日露両国のつまずきの石にはしたくない」と述べ、四島すべての返還に固執するべきではないとの考えを示した[5]。4月20日中曽根弘文外務大臣からこの発言に対し厳重注意を受けた際に、「全体の発言の流れの中で誤解を与えるような発言があったかもしれない。深く反省している。」と述べた。
略歴
1962年(昭和37年)3月 - 富山県立富山中部高等学校卒業
1966年(昭和41年)3月 - 東京大学法学部卒業
1969年(昭和44年)3月 - 東京大学大学院法学政治学研究科修了
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