「神風特別攻撃隊」の戦果のほとんどは、米軍にとって沈んでも大勢に影響のない小艦艇だった
2017-08-16


太平洋戦争の原因である真珠湾攻撃作戦を立案し、実行した指揮官 源田実が、アメリカから勲章貰い、東京大空襲や原爆投下を指揮したカーチス・ルメイに勲一等旭日大綬章を与えるように進言
[URL]

のつづき


源田実は、特攻隊による敵への自爆攻撃を進めています。(死んだ大西中将に責任を全てかぶせ、自身は涼しい顔)
この結果、日本は戦闘機や航空機の多くを失い、操縦出来るパイロットは死亡。
結果的に、アメリカの戦略爆撃機による無差別大量殺戮に対する日本側の防御をぶち壊しています。


「神風特別攻撃隊」が、どれほどの戦果を上げたのか?ゲンダイに出てました。

以下引用

「神風特別攻撃隊」の本当の戦果をご存じか?
gendai.ismedia.jp/articles/-/50088


敗戦まで、航空特攻の戦死者は海軍が2431人、陸軍が1417人で計3830人であった(人数には諸説がある)。一方で敵艦の撃沈、つまり沈めた戦果は以下の通りである(『戦史叢書』などによる)

正規空母=0/護衛空母=3/戦艦0/巡洋艦=0/駆逐艦=撃沈13/その他(輸送船、上陸艇など)撃沈=31

撃沈の合計は47隻である。1隻沈めるために81人もの兵士が死ななければならなかった、ということだ。しかも戦果のほとんどが、米軍にとって沈んでも大勢に影響のない小艦艇だった。

この中で大きな軍艦といえば護衛空母だが、商船などを改造したもので、もともと軍艦ではないため防備が甘く、初めから空母として建造された正規空母より戦力としては相当劣る。特攻が主目的とした正規空母は一隻も沈まなかったという事実を、我々は知らなければならない。

「撃沈はしなくても、米兵に恐怖を与えて戦闘不能に陥らせた」といった類いの指摘が、しばしばある。そういう戦意の低下は数値化しにくく、戦果として評価するのは難しい。それは特攻=「必ず死ぬ」という命令を受けたか、受けるかもしれないと思って日々を過ごしている大日本帝国陸海軍兵士の戦意がどれくらい下がったのかを数値化できないとの同じだ。

我々が知るべきは、特攻の戦果が、軍上層部が予想し来したものよりはるかに低かった、ということだ。むろん、特攻で死んでいった若者たちに責任は一ミリもない。

以上引用
gendai.ismedia.jp/articles/-/50088?page=3


日本国内で防御能力のある人達を皆殺しにしたみたいな感じですよね。

ちょと考えれば分かるのだが、これは、ものすごく効率の悪い闘い方である。

サッカーでいえば、ゴールを守ることをせず、皆ペナルティーエリアから出ていってファウルや怪我で退場したみたいな闘い方である。

というか、ファウルや怪我どころか死んでしまっているわけですからね、どうしようもない。

負けるのは当たり前だ。



さらに、こんな記事も出ていた。

以下引用

「空襲から絶対逃げるな」トンデモ防空法が絶望的惨状をもたらした

〜国は「原爆が落ちても大丈夫」と喧伝
gendai.ismedia.jp/articles/-/52580

1941年11月に防空法が改正され、空襲時の避難禁止と消火義務が規定された。

つまり「逃げるな、火を消せ」という命令だ。違反者は最大で懲役6ヵ月の処罰を受ける。日本がアメリカ・イギリスに宣戦布告する1ヵ月前である。

中略

1942年8月に内務省が発表した手引き「防空待避所の作り方」は、待避所は家の中に作った方が「自家に落下する焼夷弾がよく分かり、応急消火のための出動も容易である」と述べ、床下への設置を奨励。これでは頭上の猛火に向けて床下から這い上がることは不可能である。実際に多くの人が床下で命を落とした。

中略


続きを読む

[歴史]

コメント(全0件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット